今日も生きてる皆様
本日もお読みくださり
本当にありがとうございます
ケシーです
私はもともと易者として
鑑定、指導をしていて
更には最近占星術も
学んでいるので
よく感じることがあるのですが
占い師たるもの
悪と凶を
明確に分けて
認識しないと
占の道は混迷を極めるな、と。
簡単にいうと
悪は個性で
凶は乖離なんですよ
卍易の世界では
“悪“は存在しません
けど“凶“は存在します
それはつまり
自分自身の思っていることと
心の底で感じていることが
乖離している時に
凶という判断になります
心が行きたい方が
見出せていない状況は
凶ということですね
一方で占星術の世界では
“悪“は存在しますが
“凶“は存在しない様に感じます
悪、それはあくまで“個性“
何ですよね
それを“凶“と判断してしまうと
これもまた運命を読み違えるだろう、と
インド占星術は
カルマの青写真ですから
読み解くのに
(特に家族のなんて!)
非常に覚悟がいります
けど、インド占星術の哲学の
1つに非常に救われ
そして、実感もしたのです
“惑星が引き起こす苦痛は
肉体にしか降りかからない
常に、魂は惑星の影響を
超えている“
んーーーーーーー
いいコトヴァ!!!!
(いい言葉)
何が起きようと
それを“凶“と勝手に
認識するこちらの都合で
(厳密にいうと
自分の魂の育み次第で)
一方で
ものすごい表面的な言葉として
“運気を上げる“のような
言葉が横行していますが
この“運気“という言葉は
非常に非常〜〜に深い言葉
なんです
占いの世界の理解というのは
永遠に進むことは
無いのではないかと思うのですが
(そしてそれで良いとも思いますが)
この背景にある哲学も全て
学ぶことで
その占の極みというのは
時折微笑んでくれるようにも
感じられます
私は、占い師が
本当に天職だと思います
子供が図鑑を貪るように
私は占の道を歩んでいます
愛を込めて
響月ケシー
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