皆さまごきげんよう
ケシーです
最先端を生きる愛ある皆さま
本日もお読みくださり
本当にありがとうございます
2~3日前から
なんだかぼんやりです
パートナーシップ論の結論は
出てるんだけど
整理する脳のエネルギーが
湧いてこない感じなのです
なので、今日はちょっと
乱文お許しください
意味からの解脱
という言葉が何度も来ます
全ての諸悪は
”意味”をつける
意図して、味をつける
味つけはあくまで
素材ありきの事であるはずなのに
今はどうやら
味の為に
素材を捻じ曲げる
そういう順番に
なっているようです
そこにただただある
上質な素材を
味付けで
壊し続けてきた
そういう状況な様です
レシピ本は右往左往と
出回っています
それは1つ1つとても高価です
素材そのものの味を
知らない我々は
味付けで勝負ばかりしています
けど、どうかそのままに
むしろ
食べずに置いておいても
良いようです
私の心に数々の感情が
沸き起こってまいります
そして、それらを
1つ1つ味付けをして
どうにか見栄えの良いように
加工してきた過去が
強烈に思い起こされます
けど、今は一歩引いて
ただそこにある事を
許容する”技”を
どうにか身に着けていられています
すると、何も悩みなど
持ちようがなくなってしまうのです
そして、もう1つの欲求として
ああ、悩みたかったんだなぁという
自分の、好奇心の様な探求心の様な
そのようなものも良く見えます
今、日本が地球を舐めるように
吹き上げています
マリアという台風が
日本を大掃除致します
飛んでいくのは全ての”意味”
婚姻関係、契約関係、仕事
社会的立場、人種、言動
収入、考え方、思想
性交渉、パーティー、酔狂
それら全ての”味付け”が
1つ1つ
お役御免になっていくようです
私の心に数々の感情が
沸き起こってまいります
そして、それをそのまま
棚に並べて眺めております
眺めている間に
その棚に置いてある”モノ”に合わせて
外側の世界がもぞもぞと
うごめく事を
とてもよく感じます
例えば誰かを愛する事も
例えば誰かを攻撃する事も
例えばお金を稼ぐことも
例えば誰かと付き合っていくことも
全ては、私という意識の
棚に乗せられた
”ナニカ”に合わせて
現実のパターンを
凄まじく作り上げている
その光景がまるで
手が届くかのようです
1つ1つ手に取ってみて
自分は何を感じているのか
ああ、あの人に愛されたかったのだ
ああ、親に愛されたかったのだ
ああ、子が愛されてほしいのだ
ああ、人生を愛したいのだ
安心の中
誰かの笑顔を見ていたい
ただ、それだけの様です
全ては、愛への渇望でした
愛への渇望は
多くの場合ただの”誤解”に過ぎません
それは”結果、成果、結論”
という悪魔がもたらした
フィクションのショータイムです
結果などないのです
成果などないのです
結論などないのです
全ては無用な味付けのなせる業
愛は、いつでもここにあるものです
だから、棚に乗せられた
全ての勘違いの愛の渇望に
何か魔法をかけて
また、そこに
戻していく様な
そんな感じです
渇望が1つ1つ
浮かび上がってくるたびに
かき消さずに
味付けせずに
1つ1つ丁寧に眺めていくと
眺めている後ろの方から足音を立てて
向こうから、その棚に名の付いたラベルに
ふさわしい演者が歩いてまいります
あの人でなくてはいけない
これでなくてはいけない
それは全て幻の様です
全ての影響は
あなたの意識が決めてきた
愛があるのか、無いのか
それ以外にないようです
そして全ての想いは
愛の欠乏により
浮かび上がってまいります
突き動かされる衝動は
もれなく全てそうです
愛の欠乏は
あなた以外にだれも
あなたに仕込みようがないのです
現実を目の前に
とても、自分ではこれを
コントロールできないと
感じるでしょう
けど、究極
あの人でなくていいのです
あれでなくていいのです
これでなくていいのです
何も必要ではないようです
そうやって
夢も希望もセルフイメージも無い人生を
迎え入れた時
あなたは何かを成します
”実”の世界です
感じるだけで
全てを増幅させて
この世に表現していく様な
そういう装置に
なっているようです
じゃあ、なんでこういう風に
人間を作ったのかと
神に問うてみたところ
愛の渇望でしか
人間は動かすことが
出来ない
と、つぶやいている気がしました
愛の渇望は
いずれも全てが
愛の存在への気付きに
他ならないようです
我々は愛を求めて
右へ左へ動き廻る
ただの意識体です
求める自分に気が付いて
”ある”事に書き換えていく
そういう風に決めていく
それだけで良いようです
けど、この仕組みもすでに
遅れている様な
もっと新しい何かが
私に近づいてきています
ケシーは時折
愛されたいという想いに
駆られています
けど、同時に
あの人じゃなきゃダメ
この人じゃダメ
という想いも同時に現れます
けど、だからといって
誰でも受け入れるのではなく
けど、だからといって
誰も受け入れないのではなく
ただただに自分の中にある
乾きを
観察してまいりたいと思います
血塗られた
数々の歴史の最果てにある
私という存在を
ただただに
丁寧に生きてまいります
そして
パートナーシップの真実を
書け、書け、と言われています
けれども、今はまだ
私の頭がしっかりと
動かないようで
少し待ってもらっています
こんな感じです
(ここまでおよそ3分)
愛をこめて
みなさんは
全ての現実と愛を
創る事が出来ます
愛をこめて
響月ケシー
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