今日も生きてる皆様
本日もお読みくださり
本当にありがとうございます
ケシーです
新著、読み終わりましたでしょうか?
色々な事が書いていますが
やっぱり基本はここなんですよ
“自分の
エネルギー状態に
責任を持つ“
こうやって聞くと
少し自分に厳しさを求めるような
そういう響きになってしまいますが
自分のエネルギー状態に
自分は責任を持つ、と決める
と、いうことはですよ?
自分は誰のエネルギー状態にも
責任を持つ必要はない
ということでもあるんですよ
というのも友達と話していたら
「ケシーって人に甘いというか
境界線が曖昧なとこがあって
誰かと並走していたはずが
気がついたら乗り込まれて
隣に座られてて
あなたはレースに勝てる!!とか
勝手にめちゃ期待かけられて
負けたらめっちゃ責められる、ってのを
ずっと繰り返してる」
と言われて
なんて凄まじい言語化能力や
と戦慄を覚えたのですが
どこかで覚えた
“役に立たなければ愛されない“
という妄想に追われて
私は、誰のエネルギー状態にも
責任を持つ必要がなかった
ということを
“知っていた“けれども
本当にそう生きるまでには
それなりに時間がかかりました
もちろん、これは
身近だろうと遠くの人だろうが
いずれにしても同じで
基本的には
自分のエネルギー状態に
責任を真に持とうと思うと
誰のエネルギー状態にも
責任の一切を取らないという
強い意志が必要
だから
誰も背負わない
誰にも乗っからない
この基本的スタンス
だからといって
誰にも優しくしない
という訳ではなくて
優しくしたいときは
自分がやってやりたいからやる
という境界線を超えないこと
この自意識があることが
とても大切
こういう事を語るとね
自分だけの生き方
VS
ちゃんとした生き方
という二元論にどうしても
発展しそうになるんだけど
根本は全て繋がっていて
きっと
素直すぎるほどに自分勝手に生きれば
誰かに“勝手に優しくあれる器“も
もっともっと大きくなる気がするんですよね
だから、そんな日を夢見て
私も精進していこうと思うの
16日に新著の再販が始まったら
シェア会の日程を具体的に
定めていきたいと思います
いつもありがとう
本当ありがとう
響月ケシー
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