今日も生きてる皆様
本日もお読みくださり
本当にありがとうございます
ケシーです
精神鍛錬の旅は
一言で言うと
“泥の旅“
でした
泥の中でキャンプです
デジタルデトックスキャンプという
趣旨のキャンプなのですが
どこも
かしこも
泥、どろ、どろ
冗談抜きで
全床が
泥でした
(家族は近くのリゾートホテルです!笑
私だけ参加)
しかも、生半可な泥じゃ無いです
滑る、足が取られる
全靴、アウトです
裸足以外の移動手段はありません
トイレも裸足です
不自由の極みの生活でした
そして、残念なことに
私は1泊した翌日の朝に
リタイアしました。笑
(その後最終日の夕食だけは
混じらせてもらうという
甘ちゃん設定でした。笑
ヘタレ、私。笑)
潔癖なところがある
私なので
ズーーーっと
嫌だ〜嫌だ〜
で文句でいっぱいで。。笑
こんなことしないと
日常の感謝を感じられないなんて
嫌だ、とか
これを安易に前向きに捉えるとか
私にはできない
とかとかとかw
もう頭ん中文句でいっぱい
だったのですが
ある地点で
“受け入れた“
んですね
それは意識して
受け入れると決めた
そして、何なら最終日は
子供(えまとえーせー)を連れて
再度キャンプインします
(寝るのはホテルに戻りましたが)
1つ注意したいことが
受け入れるというのと
“良しとする”のは
全く別のことだと言うことです
“これでよかった!!“と
打ち消すようにポジティブで
乱暴に上塗りするのも
また違うのです
あの泥を
自分の中で“悪“とすることを
やめた
泥を悪とすると
それが自分に返ってくる事に
気がついたからやめました
泥が悪い
最悪
=このキャンプに来た私最悪
=雨最悪
=地球最悪
連鎖する最悪思考は
止まるところを知りません
だからそれをやめた
けど、その時に
もちろん不快だし
汚いし、嫌なんだけど
それを悪だとする
一点思考を解いた
不快だと感じる私もいていい
この泥もここにあっていい
その上で、ホテルに帰ってもいい
私は自由に今の状況に
対応することができます
と言う頭に
やっとなってきたのです
そして、昨日
自宅に帰った時に
オリンピックも
ワクチンも
そして、それに躍る
国民感情も報道も
全て受け入れてしまおう
と思いました
良い子育ても
悪い子育ても
良い仕事も
悪い仕事も
自由も
不自由も
どちらもこの世界に
存在しているということを
受け入れなければ
自分の中の真の自由を
救済してやれないのだ
と気付いたのです
オリンピックはやるのです
ワクチンは国民に打たれているのです
報道は、偏っているのです
それは、もう
そうなのです
だけど良い
大丈夫である、という事に
目覚めていく
自分はその1つ1つに
丁寧に向かい合って
その時
“自分の1日を“どうするのかを
決めていけばいい
その丁寧さが
我々人間に与えられた
精神の叡智そのものなわけです
オリンピックも
テレビで見てりゃ全くの無害
コロナも大した病気じゃないのなら
オリンピック
やったって問題ないはずです
ワクチンも
ピンポーンワクチンでーす
腕出してくださーい
と強制的に打ちにくることは
ありません
打たなきゃ良いんです
打ちたきゃ打てばい良いんです
オリンピックをするしないの議論も
終わってる
ワクチンを打たせる打たせないの議論も
終わってる
酒を飲ませる飲ませないの議論も
終わってる
もう、終わっているのです
あとは、自分がどうするか
あの最悪の泥も
大金払ってわざわざ顔に塗る人も
いるわけで。笑
状況と場所が変われば
何もかもが簡単に
悪に転じて善に転じる
ああ、無常
あなたは自由です
あなたは不可侵です
あなたは大丈夫です
あなたは完全です
愛を込めて
響月ケシー
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