皆様ごきげんよう
ケシ―です
最先端を生きる皆様
今日も読んで下さり、本当にありがとうございます。
最近、ちょっとした事で
とても身近人と
ちょっとピリリっとしました。
ケシーは、怒ってました。
けどね、怒りの正体は
100%絶対に
これは例外なく絶対に
”寂しさ”なんです。
寂しいから怒る。
寂しいというのは
エネルギーが自分から消えた感覚になる
とても辛い感覚です。
そして実際にエネルギーが消えます。
だから、反射レベルでそれを知覚する事を
私たちの集合的無意識は
避けるんですね。
避ける為に
引きおこるので
避けなければたちまち怒りは
孤独を露わにします
けれども私たちには
社会的なプライドや、自尊心があって
巧妙にそれを避け続けるから
怒りは燃え上がり続けるのです。
それを終わらせるためにはまず
”視てあげる”
何が寂しかったんだろう~と
何で腹立つんだろう~と探しても見つかりません。
何で寂しかったんだろう~;;
と考える。
そうすると、怒りは静かに
消えるんですね。
すると、真のコミュニケーションに辿り着く
一歩が踏み出せます
私、寂しかったよ。
と言えたら
喧嘩にはならないんです。
なるはずがないですよね。笑
寂しがるお前が悪い!!
とさらに追い打ちをかけるサイコパスとは
距離をきちんと置きましょうね。笑
(一定量いますのでね。笑)
けど、この
孤独を直視する事を避け
強がって怒ったり
平気ぶったり
上を取ったり
ちゃんとした人ぶると
それはいつまでたっても
お腹の片隅にこびりつき
事あるごとに、あなたを
揺らし続けます
だから、ぐぬぬぬぬー!
と怒りやイラつきが湧いてきた時は
そのあなたのお腹から湧いた怒りの奥底に
どんな過去の恐れや孤独が隠れているんだろう?
と覗いてみる。
そして更に
その陰に
どんな”期待”があったのか
そして、その正体の多くはね
自分の親にこうして欲しかった
という想いなんですね。
私は父親に褒めて欲しかった
というくすぶりが
今でも時々現れます
私、とっても頭が良かったんですね。
弟は80点でも褒められるのに
私は95点でも、あと5点と言われてた。
それが辛くて
なんで褒めてもらえないんだろう、と
誉めてもらえない時の寂しさは
いまこうやって大人になっても
無駄に頑張ってしまったり
誉められないとへそ曲げたりと
残ってますね~笑
そろそろお空に返したいのですが。笑
誰一人として
そんな人だとは思っていなかった!
という他人のことばには
責任を持つ必要は微塵もありません
けれども、自分が誰かに
そんな人だとは思っていなかった!
と感じた時は
自分が相手に
どんな勝手な期待を
寄せていたのかを視る
事で
あなたの人生の1つのパターンが
終わりを迎える事が出来ます。
その多くは
親やそれに近しい大切な人に
幼い未熟だった頃に求めていたものです。
けど、それを直視する事を避け
いつまでも本音を
社会的優位性や正義やマウンティングで
隠し続けると
永遠に同じことを繰り返して
踊り続けるでしょう
そして、そうやって踊り続けながら
エネルギーを使って
水を与え続けるあなたの苗は
完全に枯れているわけです
恐怖を出どころにした活動は
1つも芽吹く事は
絶対にありません。
だから”視て”
もうやめる
人生の幸福度は単純で
笑っている時間が長い程幸せで
怒っている時間が長い程幸せではないのです
だから視て、辞める
厳密には
視れると、自然に辞められる
の方が正確かな。
そうして1つ1つ丁寧に辞めていくと
あなたの人生の怒りの時間が
一生を通じると
どのぐらい減るでしょうねぇ?
それはお金に変えられない
素晴らしい収穫ですよね。
あなたにとっても
あなたの周りの人にとっても。
”怒り”の鎧を着た
防御力ゼロ、むき出し生肌の”孤独ちゃん”
(パンチされると、トラウマが出来上がる孤独ちゃん)
それを明け渡すには
それ相応の勇気がいります
(だってパンチされたら即トラウマ)
あなたの貴重な貴重な怒りエネルギーは
誰かを守る時だけに、取っておきましょう♪
自分を守る怒りはコントロール不能ですが
誰かを守る怒りは、コントロールできるうえに
とても、素晴らしい明晰さを持っていますよ^^
愛を込めて
怒りの皮をむいて
プリプリの孤独エビを食べちゃいましょう♪
響月ケシー
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