皆さまごきげんよう
ケシ―です
今日は夕方リハビリに行っていたのですが
そこでとびきり声の大きな理学療法士さんが1人
おじいちゃんに向けて
大きな声で
何度も何度も
素晴らしいです
凄いです
ずっと良くなってます
素敵です
と声をかける
それを聞いているとなんだか
私がそのリハビリ室自体に
人肌の様な安心感を覚えて。
床のタイル1枚から
機械1つまでもが
とってもいとおしくなって
ありがとう~って思えました。
彼の、その健気な愛情のある声かけに
何とも、気持ちの良い気持ちに
させてもらえたのでした。
愛の流れ弾
アタッタ!
こういう、さりげない喜びを
周囲にふりまいて生きる。
そういう風にありたいな
と思うと同時に
よく、波動を上げるには
運を良くするには
悪口を言ってはいけない
嫉妬の感情や憤りを持ってはいけない
批判してはいけない。
と言われます。
私はそれが
きちんと人々に伝わっていない気がして
幸せになるという事を目的に
言いたい悪口をわざわざ我慢するぐらいなら
言ってしまった方がずっと良い。
けれどもこの事の本質は
悪口を言わないで済む環境に
自らを置く勇気を持つ
という事なんですね。
ちょっと話が飛びますが
どうやら、私たちは
肉体が魂を持っていると自覚していますが
実際は
魂が肉体を構成していると考える方が
物理学的に明確だと唱える人もいまして。
私も、その方が何だかスッキリします。
そして、肉体と魂の境目も
どこからどこが魂で?
どこからどこが肉体?と思うと
それも実はとても曖昧で
この、確かに嫌な事があると
苦しくなる、この胸に感じる圧迫感を
脳に送っている、この神経の
出どころはどこ?と思うと
果たして、肉体か魂かみたいな議論も
対して意味は無くて
私たちが感じる事、味わう事、思う事
思考から、全てが
自分の潜在意識と呼ばれる
魂のメッセージだとすれば
取り敢えず私たちは
魂と、精神と、物質的肉体とで構成されている
何やらの活動エネルギーで
どうやら、楽で幸せで楽しいと”感じられる方向”が
草が日の当たる方へ素直に伸びる事と同じ様な
流れであると
単純に仮定してみた時。
悪口が口を出るという事そのものが
果たして、自分に害悪をもたらすかというと
そうではなくて
ただ、悪口が何らかの反応として
口から飛び出る私たちの
その環境、状況が
きっと、そのエネルギーの活動
その、草花が日の当たる方へ伸びるエネルギーの様な
気の素直さを阻害しているよね
という事
幸せになりたいからと
本当はぶん殴りたいあいつを
理解しようとしたって
それは、あなたが1ミリも救われないから
辞めた方が良くって。
けど、あなたは
今すぐあなた自身が
悪口を言わなくて済む環境に
押しやる、勇気がありますか?
あなたが悪口を言いたい上司がいるなら
上司の元を去る
旦那が辛いなら
旦那を去る
仕事が合わないなら
仕事を辞める
悪口を言ってはいけない
と、形骸化している価値観の本質は
どうか、あなた自身を
逃がしてやってくれ
ということ
けど、私たちは
日の刺す方へ伸びたいという
草花の素直さと同時に
ここにとどまっておいた方が安全だという
安全装置も
一緒に備わっているようで。
裸の王様を指さして
あなたは裸じゃないか?
と言えなくなった。
これが、魂の遊びだとしたら
私たちは日々何を学ぶ?
言っていい悪口は
あれは実は裸の王様じゃないか?と
大人たちがどれだけ
違うと言っていても
純朴な子供の無邪気さで持つ疑問
これは、言って良い悪口
あなた自身を日のさす方へ
向けるエネルギー
けど、あなたが選択しなかった事が
きっと正解ではなかったと
信じたくて出る悪口は
酸っぱい葡萄
そこからあなたは今すぐに
抜け出る必要がある。
どんな暴言を吐いたって言い
何を言ったって言い
あなたが裸の王様を目撃したのなら。
けど、それを自分がもし
似たような悪口を
1年や、それ以上続けているようであれば
自分の安全装置が作動してしまっている事を
自覚した方がよい。
好きな様に言っていい
誰かをなじったっていい
嫉妬したっていい
どんどん性格悪くあっていい
ただ、そこに
肉体と、精神と、魂とをごちゃ混ぜにしたあなたが
なんとなく日の刺す方へ伸びる爽快感が
あるのなら。
全て、自分を許してあげて。
あなただけは
あなたの味方でいてね。
そういうこと
この世界に聖者なんて1人もいないの。
あ!東京風水講座説明会
8月25日まだお席ありますよ(*’▽’)
こういう精神世界のケシーの考え方も
一緒にお話ししながら楽しく学べたらいいね☆彡
響月ケシー
コメント