ケシーです
今日はお葬式でした
母の友人がお亡くなりになり
お顔を見に行かせて
頂きました
とても安らかで
そして、たくさんの
顔を歪ませて涙する
友人の皆さんの顔を見て
本当にたくさんの人に
愛されていたんだなぁと
心から思いました
招いてくれて本当にありがとう
命、そういったことに関して
真剣に考える年頃に
なってきました
まだ本当に近しい人を
亡くした経験のない私が
立体感を持って
命について考えるきっかけは
我が子の出生だけでした
息子を産んだ時
そして、娘を産んだ時
命が始まる時というのは
こういう事なんだ、と
思ったのです
それは、何かドラマティックな
ものというよりは
どちらかというと
現実の中の超現実
壮絶な痛みが
突然止むと共に
突然視界に入る
血と体液にまみれた
酸欠状態の我が子が
恐ろしくて不思議で
けど、やはり言い得ない
込み上げてくる
何か宇宙的なつながり
それは確かに
喜びだけでは表現できない
感情で
一言でいうと
超・現実
死もまた同じく
きっと、また不思議な
現実なのだと思う
もう会えない現実
もう会話ができない現実
数ヶ月前に聞いた声の現実
それらが溶け合って
私たち全員の肉体を
より確かに感じさせる
安らかなお顔を拝見して
彼女の魂が天国にある
ということを通じて
肉体に宿る魂が
また現実的に感じられた
命の織りなす
大きな大きな流れを
体いっぱいで感じました
きっと
母が死んだら
父が死んだら
悲しくて悲しくて
仕方がないだろうな
とも思った
私はやっぱり
お父さんとお母さんが
大好きで
そして、愛されて
私を私にしてもらったんだな
って、そう思いました
そして帰宅すると
えまが大熱
ポッポ熱くなっちゃって
急遽病院へ
とっても苦しそうだったけど
大事にはならなさそうで
一安心です
今日は、そんな感じなので
宣伝も無しで
皆さんの胸の奥のあたり宿る
確かな魂を
体で感じて
大きく深呼吸してみてください
愛を込めて
響月ケシー
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